高齢者と暮らし

1.高齢者を支える環境づくりの実現を阻害する要因

では、高齢者を支える環境づくりの実現を妨げる要因はどこにあるのでしょうか?
私は、古くから残る日本社会の特徴にあると思います。

日本のお国柄でもあるように、私たちはどちらかといえば保守的で、
目立った行動を取ることに抵抗を感じる傾向にあるといえます。
だから高齢者が、やれ社会参加だのボランティアだの、何か特別なことをしようとすれば、
「年寄りのくせに」「年寄りは年寄りらしく」なんていう批判が飛んでくることもしばしばあります。
かつて日本の老年観として、高齢者は隠居するという文化がありました。

ここで一つ、映画「楢山節考」(昭和31年)をエピソードとしてご紹介したいと思います。
古くからいわれている「姨捨山伝説」のような、日本のかつての老年観がリアルに描写されています。
現在の介護問題やシニア世代の生き方などを考える際の題材にもよく使われています。

楢山節考

簡単に「楢山節考」のあらすじをご紹介しましょう。
舞台は、信州山奥の寒村。村社会の厳しい掟に縛られた生活が描かれています。
69歳になっても元気に働き、歯が丈夫なおりんだったが、
今年、「楢山まいり」を迎えようとしていた。
「楢山まいり」とは、70歳の冬に皆、
子どもに背負われ楢山へ捨て置かれるという村の掟のことです。
楢山に入った者は、極楽へ行くと人々は教えられていました。
一つの命が山に消え、新しい命が生まれる。
村人たちはその掟に従ってきました。
おりんもそれを信じ、「神に召される」と喜んでいましたが、
息子は気持ちの整理がつかないまま、母を捨てるその日がやってくる・・・
という物語です。

現在は随分社会や価値観が変化してはいますが、この映画からも分かるように、
役を終えた高齢者は社会から身を引き、さらには家族の中でも「ご隠居さん」になってしまうことが多いです。
これでは、高齢者の社会参加どころではありません。
むしろ、「あなたの使命は終わりました。あとはごゆっくり」といった
「お払い箱」的扱いを受けてしまいがちなのではないかと思います。

2.間違った社会的イメージからの脱却を阻害する要因

次に、間違った社会的イメージの脱却を妨げる要因は、
人々の固定観念やそこから派生するおせっかいとも言える一方的な介助にあるのではないかと考えます。
固定観念にも肯定的なものと否定的なものがあり、高齢者に対するイメージは実にさまざまです。

否定的イメージでは、高齢者は病気がちで役立たずというものなどがあげられます。
そのため、社会や家族から見放される人も多く存在します。
反対に肯定的イメージでは、お年寄りは賢い、金持ちだというものがありますが、
そのような判断から、高齢者は近づきがたいという扱いを受けることもあります。
どちらにしても高齢者は周囲の固定観念によってさまざまな扱いを受けているといえます。

また、固定観念によって発生する同情心や過度のやさしさは、おせっかいにつながることがあります。
たとえば、「小さな親切、大きなお世話」という言葉に表されるように、何でもこちらが助けてあげようという、
といったいき過ぎた親切心は逆に高齢者の自由やプライドを害してしまうということです。

最近、私は研修の一貫で、介護体験に行って来たのですが、このことを痛感させられました。
寝たきりの方や痴呆症の方から、手助けがあればご自身で歩行もできる方などさまざまでした。
ある高齢者の方で、体が不自由で、ゆっくりでないと、ごはんを食べられない方がいらっしゃいました。
介護スタッフが、スプーンを持って、高齢者の口元に食事を運んだ際に、その方が突然奇声を発されたのです。
どうしたのか、と思ってスタッフの方にお聞きすると、自分でできる、という意思表示だとのことでした。

高齢者は赤ん坊ではありません。彼らはしっかりと自分の意志を持っていらっしゃるし、欲求だってあります。
だから何でもかんでも手を貸すことは、
逆に高齢者の意志や可能性を摘んでしまっているということになるのだということを感じました。
これではいつまでたっても間違ったイメージを取り払うことはできないと自身を見つめ直す機会ともなりました。

3.社会システムの整備を阻害する要因

最後に、社会システムの整備を阻害する要因は、ニーズと高齢者人口の格差にあると考えます。
よりよい生活の場のひとつとして、社会福祉施設での暮らしを選ぶ高齢者が増えてきています。
しかし実際のところ、その希望者数と受入可能人数にはかなりのギャップがあります。
だから、たとえ高齢者が入居を望んだとしても、実際に入居するまでにはかなりの時間を要してしまうのです。
さらに資金面にも問題があります。

先日、高齢者セミナーに参加したのですが、
施設での生活に必要な資金のうち、高齢者の自己負担分はほんのわずかで、
残りは介護保険や税金によってまかなわれているといいます。
しかし、ただでさえ高齢者人口が増加しつつある日本では、すべての高齢者のニーズを満たすことは難しい。
また少しずつバリアフリーを導入した建物が増えていますが、
これにもかなりの資金がかかり充実するのには時間がかかりそうとのことでした。
このような問題が社会システムの整備を難航させていると考えます。


続いてのぞましい暮らしの実現にあたっての促進要因はこちら。
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